竹広の歴史

竹広の歴史

本店創業以来、120余年。竹広林業株式会社の設立からも、すでに60年の歳月が流れています。地域と共に、木と共に。私達が歩みつづけてきた歴史と実績が、お客さまからの信頼の証です。

竹広の歴史

1892(明治25)
廣石廣助竹広本店創業(竹・炭類専業及び蜜柑卸し始める)
箱根電灯会社 水力発電開始
1895(明治28)木材類扱い始める
1896(明治29)小田原-熱海間に人車鉄道が開通
1900(明治33)国府津-小田原-湯本間に電車が開通 電気供給開始
1901(明治34)城内に小田原御用邸が設置
1902(明治35)小田原城天守閣再建
二宮尊徳誕生の家が現在地に移築復元される
1903(明治36)小田原に初めて電話が開通
1906(明治39)湯本-強羅間に箱根登山電車が開通
1907(明治40)山県有朋が板橋に古希庵建築
1911(明治44)活動写真館開業
1913(大正2年)箱根長尾トンネル開通
1914(大正3年)小田原電気鉄道 湯本-強羅工事開始
1918(大正7年)北原白秋 小田原町にお花畑に転居
1919(大正8年)熱海線が国府津-小田原間に開通
1920(大正9年)第1回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)開催
1924(大正13年)関東大震災 小田原市だけで2006名が死亡犠牲者
1925(大正14年)小田原-関本間に大雄山鉄道が開通
1927(昭和2年)新宿-小田原間に小田急線が開通
1929(昭和4年)箱根町ムサシノ旅館別館用の内装木材一式を納材
箱根町ムサシノ旅館別館完成
1934(昭和9年)丹那トンネルが開通し東海道本線が小田原を通る
1940(昭和15年)小田原町、足柄町、大窪村、早川村、酒匂村の一部が合併、小田原市が誕生
1948(昭和23年)竹広林業株式会社設立(初代廣石太一郎社長就任)
1955(昭和30年)白秋童謡館元宮内大臣・田中光顕伯爵が建てた住居の別邸だった建物、白秋童謡館
1956(昭和31年)建材類取扱い開始
1959(昭和34年)「電力王」と呼ばれた実業家、松永安左エ門が、1959年(昭和34年)に、コレクションを、公開する目的で財団法人松永記念館を創立。公開のために建てられた施設。現在の松永記念館。松永安左エ門の居宅、老欅荘も見学可能。
1964(昭和39年)東海道新幹線小田原駅が開業
1973(昭和48年)火災により本社・倉庫全焼
1974(昭和49年)本社・倉庫・製材工場を寿町に建設
1975(昭和50年)本社・倉庫・製材工場を寿町に移転
1977(昭和52年)二代廣石信一社長就任
1980(昭和55年)小田原市中央公民館の内装用木材一式を納材
小田原市中央公民館完成
1983(昭和58年)西倉庫土地購入
1987(昭和62年)二宮尊徳生誕200年祭
1988(昭和63年)三代高木一吉社長三代高木一吉社長就任
報徳二宮金次郎記念館用の内装木材一式を納材
報徳二宮金次郎記念館完成
1990(平成2年)宅建業免許取得(不動産業開始)
市制50周年
1993(平成5年)建設業許可取得(建設元請工事開始)
1994(平成6年)小田原市立かもめ図書館用に内装用木材一式を納材
小田原市立かもめ図書館開館
1995(平成7年)人口20万人を突破
1996(平成8年)小田原市立三之丸町学校小田原市立三之丸小学校用の内装木材及び床工事一式を納材
小田原市立三之丸小学校完成
2002(平成14年)平塚12区画分譲販売
2003(平成15年)中期事業計画発表会開催(以後毎年開催)
報徳二宮神社報徳二宮神社内 KONOMAの木材を納材
2005(平成17年)小田原市弓道場用木材一式納材
小田原市弓道場開場
2006(平成18年)一級建築士事務所開設
2009(平成21年)竹広林業社員今に至る
2013(平成25年)おだわら森林再生協議会 いこいいの森バンガロー納材
2015(平成27年)報徳二宮神社 城址口鳥居納材
2016(平成28年)pal*system オフィス木質化(小田原林成会参加)
小田原城摩利支天空間再現/納材
二宮町供給公社モデル/納材・施工(小田原林成会参加)
2017(平成29年)小田原駅地下 HaRuNe壁面工事・小田原キューブ(小田原林成会参加)
報徳二宮神社大鳥居 御木曳き・建立(小田原林成会)
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