地域の魅力に光をあてる小田原「よせぎの家」
地元の各方面の若い担い手が「やんべえよ!」のかけ声のもとスタ-トした地域活性化プロジェクト。
地元の工芸品、寄木細工にちなんだ「よせぎの家」の実現に向かって、小田原ならではの住宅づくりに邁進しています。
「やんべえよ!」
神奈川県西地域近辺で使われる言葉。標準語で「やりましようよ!」のこと
近代木造建築の宝庫
城下町、宿場町として長い歴史をもつ小田原は、明治になると、政治家、文筆家などの保養地として注目されるようになった。
東京に近すぎず遠すぎない絶妙な距離感もあって、そうした著名人の別荘や別邸が多く建てられていた。
それらの一部は現在も残されており、小田原を近代木造建築の宝庫と呼ぶ人もいる。
そのひとつ、明治末期に建てられた、政治家黒田長成の別荘が「清閑亭」。数寄屋づくりの建物は、主要な材料とともに職人を京都から招いて建てたと言われている。
城下町小田原を支えてきた多くの職人と、外からやってきた同業者の交流。そしてそこには、近くの山から木材が提供されたであろうことは想像に難くない。
一方、工芸品でも、寄木細工や漆器など古くから木を活かして加工する高度な技術が発展してきた。
このように小田原は木と関わりの深い文化を持った地域なのである。
森林の現状
そういった文化をはぐくんできた小田原の森には、樹齢60年から80年のスギ・ヒノキがあり、江戸時代に植えられた樹齢3百年を超えるスギの大木も残っている。
しかし、全国の他地域と同様、手入れの遅れによる森林の荒廃が進んでおり、温暖な地域ならではの害虫被害も発生している。
ようやく間伐しても利用の目途が立たず、搬出の費用もまかなえず、山にそのまま放置される「切り捨て間伐」も目立ってきた。
問題解決に向けて
こうした問題を解決すべく、平成23年6月、市の働きかけで「おだわら森林・林業・木材産業再生協議会」が発足。
森林組合、製材業・建築業の団体、行政担当者に学識経験者が加わり、木材流通の川上から川下までの問題を一体となって解決しようと動き出した。
折しも、町づくり、住宅づくりの視点から小田原らしい住まいを考える「県西地域住まいづくり研究会」も活動を開始。
地元の豊畠な木材と、伝統に裏打ちされた建築技術を活かした住まいづくりを具体的に進めるべき、との提案が行なわれる。
この2つの流れによって、神奈川県西地域の木材を「地域材」として位置づけ、ブランド化を図るとともに、地元らしい住宅づくりに活かしていく気運が高まっていった。
流通体制の整備
また、地域材の流通を考えた具体的な動きとして、小田原市森林組合と小田原地区木材業協同組合が共同で「おだわら材流通センター」を開設した。
森林組合の貯木場(土場)に隣接した土地に製材所を設けることで、流通コストをカットするだけでなく、木材ユーザーである工務店等の川下の情報が、川上にまで届きやすくなる効果を狙ったものだ。
情報が分断されがちな川上・川中が顔をつき合わせて仕事をすることによって、機敏にニーズに対応できる体制が整った。
地域型住宅の提案に向けて
それでは、「おだわら材」を使った小田原らしい住宅とはどんな建物なのか。2つの流れは1つにまとまり、小田原木の家ワーキングチームが結成された。
平成24年度の林野庁地域型住宅づくり支援事業の採択を得て、チームはまずコンセプトづくりから始める。
その目標として次の4つが掲げられた。
- 1.都市近郊林における地域林業との調和
- 2.小田原地区の歴史的景観や文化との調和
- 3.被害木や小径木の部材を活かした住宅づくり
- 4.温暖な気候を生かした快適住居空間の創造
関連産業の再生も
森林の再生の問題から、なぜ一気に住宅モデルの開発に進んだのか。
それはワーキングチームの狙いが森林だけでなく地域の関連産業の再生にもあったからだ。
つまり、住宅需要を開拓することによって、それを支える木材流通システムを強化、高度化していこうというのである。
川上から川下までが一緒に住宅モデルを考えていくプロセス自体が、地元の木材をめぐる産業再生へのツールでもあるのだ。
小田原の名産といえばかまぼこ。市内に10社を超える企業があり、地場産業として良質な製品づくりに励んでいる。
通常、かまぼこ板はモミの木が使われるが、豊かな海を作るのは森であるという想いから、森を守るために地元のスギ間伐材を利用した商品が開発された。原料も地元産にこだわり、さまざまな魚種が日替わりで提供される。
小田原にほれ込んで店を作ってしまった有名パティシエが、地元ヒノキ間伐材の活用にひと肌脱いだ商品。
ヒノキの板の上に地元産みかんジャムを使ったロールケーキが乗る。
ヒノキの香りとみかんジャムの酸味が絶妙なバランスの逸品。
「よせぎの家」のルールづくり
プロジェクトは地元の工芸品である寄木細工にちなんで、「よせぎの家」と名付けられた。
コンセプトづくりではまず、4つのテーマとのルールが定められ、これらのルールの象徴として、「よせぎの家」のマークも作られた。
寄木細工を連想させるロゴマークには地域繁栄の想いが込められている。
「よせぎの家」4つのテーマと12のルール
森をそだてる
地域も森の現状に向き合い、地域材を活用するというルールである。
また、構造材の規格を統一したり、小径木などを活用できる部材を統一するなどの「気配り」も求めている。
- 1.構造材に地域木材を利用する
- 2.内装材に地域木材を利用する
- 3.木取りから考えた地域木材を活用する
心をたもつ
地域の人に提供する住宅だからこそ、安心できる住まいを提供することを目指している。
地域の工務店・大工を活かす木造軸組み工法としながら、第三者機関による住宅性能評価等で安全性と性能を担保するというものである。
- 4.性能表示制度の基準で計画する
- 5.在来軸組工法を採用する
- 6.長期優良住宅に登録する
活をつくる
環境負荷を可能な限り低くするため自然エネルギーを活用しつつ、住宅の省エネ性能を高めるというルール。
比較的温暖な小田原ならではの風や日射を利用する住宅づくりを目指す。
- 7.自然エネルギーを活用する
- 8.省エネルギー設備を導入する
- 9.建物外皮の遮断技術を活かす
和をつなぐ
画一的な住宅と一線を画し、地域の設計者、工務店、職人とつくり、地域の経済の循環にも寄与しつつ、小田原の景観とも馴染む家づくりを提唱している。
- 10.地域の設計施工者とつくる
- 11.職人の力を取り込む、活かす
- 12.気候風土に合わせ景観を取り込む
バンガローからその先へ
「よせぎの家」プロジェクトは、在庫の効率化や納期の短縮につながる構造材の規格統一の検討や、小径木を活かせる部材の開発も行なっていた。
それらを検証するために、市の所有する森林レクリエーション施設に、5棟のバンガローが建てられた(建設は市の予算)。
筑波大安藤教授による板倉モデル。速水林業速水亨氏によるパネルユニットを使ったモデル。東海大杉本教授による間伐材を利用したウッドブロックモデル。
ワーキングチームを中心とした「よせぎの家」モデル。そして、テサイン公募によるモデルの5つで、それぞれ異なる工法が使われている。
バンガローは平成25年4月に完成し、実際に宿泊客を受け入れながら「よせぎの家」モデルの具体化に向けた検証が行なわれている。
プロジェクトそのものも、平成25年度も活動を継続し、より具体的な住宅の提案や地域住民へのPR活動を展開する予定である。
多彩な若手が活躍
「よせぎの家」プロジェクトには、木材に関わる川上から川下までの、さらに行政や外部の有識者など多くのメンバーが関わっている。
道半ばでありながら、議論や検討を重ねることによって、こうした関係者の連携は確実に強まっている。
何よりも、地元の各方面の若い担い手が積極的に参加し、プロジェクトの推進力になっているのが心強い。
「よせぎの家」が地域型住宅として実現し、このチームワークが存分に生かされる時が来るのはそう遠いことではないだろう。
小田原には木材だけでなく、気候風土、歴史、建築、技術と多くの「材」がありそれらががっちり組み合わさり寄木細工のような魅力を放っている。
その「材」の中でも多彩な「人材」こそ一番の宝なのではなかろうか。
木材業協同組合の若手組織「小田原林青会」も大きな推進力となっている。